屋久島へ、最初に「行ってみたいね」とその気になり、ガイドブックなど買ってみたのはもう10年も前のことでした。特に大きな目的があったわけではなかったと思いますが、恩師が訪れたお話を聞かせてくださったり、屋久島出身の知り合いがいたりして、耳に慣れた地名だったこともあったのだと思います。
具体的に調べてみたら、なかなか厳しい場所であることを知りました。トイレが、近寄ることもできないほどの臭いがする汲み取り式だとか、自分で持ち帰る携帯トイレだとか。(今はトイレについては大丈夫でした。)山の不便さは多少知ってはいましたが、想像を超えていて萎えたり、家の子どもたちも受験期だったりで、行ってみたいだけで終わって数年放置。
時々、いつか行こうかと口に出したりしてみましたが、本気になったのは今年の夏です。10年前は、いつか、と言えたのだと思います。心も体も生活スタイルも変わり、いつかという言葉は使わなくなった。行けるうちに、と考えるようになりました。屋久島から帰ってきて思い返せば、訪れるべきときに満を持して伺う場所なのだとわかり、この10年はそのための助走期間だったのでしょう、とにかく、この夏に、屋久島を訪れるために動きました。
いつ行くか、どうやって行くか、行って何をするか、決めていきます。日程は10月21日から23日になりました。10月23日には、店はちょうど開店から20年を迎えます。自分としては大きな節目でした。周年の迎え方はいろいろあります。クルテクも、サービスやイベントなどいろいろやらせていただいてきました。20年目のその日に屋久島を訪れることは、私の店に、自分に、なんだかよく似合っていると思いました。
進行はスムーズとはいい難く、飛行機やガイドさんの予約は難航しました。考えて、探して、どうにか決まりました。良かった、と思ったのもつかの間、台風が屋久島を直撃し、島は大きな被害を受けました。予定していた場所が崩れて通行止め。訪れるまでに通れるようになるのか、待つしかありません。やっぱり縁がないのかなと何度思ったことか。結局崩れたところは直らず、屋久島での行き先は変更が決まり、残念だけどプランBそれもよし、心も決めた前日「天候不順により飛行機が着陸できないかもしれません」との案内が来て、どうしたものかと迷う。諦めるのが良いのか、粘るのが良いのか。
両方とも違いました。人の気持でなんとかしようと思うのが間違っていた。『あるものを受け入れる』それが、屋久島が強烈なエネルギーで、人に課してくることでした。自分の普段の生活で、仕事で、努力すればなんとかなるというクセがついています。なのでかなりジタバタしました。諦めきれないこともいろいろありました。
屋久島に着くまでに飛行機が遅れ、もう到着できただけでありがたかった。その日から山に入り山で泊まる予定でしたが、雨がひどくなり、登山口で諦めて戻る。急遽平地に宿を探す。翌日も登山バスが動くかどうか、翌朝までわからない。もう、どんどん予定が変わっていきます。翌日、バスは動いた、山に入ることができた。嬉しかったです。その先のことは、様子を見ながら決めていきます。ひとつずつ、自分の執着を引っ込めて行きます。欲張りな日程がシンプルになっていく。行きたかったところに行けなかった残念な気持ちは確かにありました。でも、シンプルな中でとても深く感じ入ることができた。時間が、場所がありました。教えてくださったのは、島のガイドさん。とても良い出会いをいただきました。
その心持ちは、縄文杉の側で泊まったテントに差し込んだ、経験のないくらいの眩しさを感じた月明かりの中で、ようやく整いました。最終日に入って、やっと。
苔の美しさとか、屋久杉の大きさ、岩、水、森。ひとつひとつもちろん凄い。圧倒されます。それは写真で見たのと同じものを実際に見た感動でした。その風景の前で、自分が何を受け止めるか、それはどのガイドブックにも書いてなかった、未知のこと。最終日までに、確かに何か大きなものを受け止めた実感を持てたことが、屋久島を訪れることができて一番良かったことでした。
絞ったうえで精度を上げていく。まとわりつく執着、不安、欲を削ぎ落として、残ったものを、感度高いものにしていく。そんな生活、そんな仕事をしていきたいと思いました。
さて、下山してもうすぐ登山口に戻る頃にスマホの電話が鳴りました。ようやく電波の繋がるところに戻ってきたようです。丸2日、電波の届かないところにいました。その電話は、屋久島を離れるために乗る予定だった飛行機の「欠航」を知らせる空港からの電話でした。最後まで焦らせてくれます。冗談半分で「帰れないかもよ?」と言って出てきましたが、本気の話でした。
下山後は温泉で汗を流し、おみやげも少し買い足して、なんて予定して、のんびり余韻を楽しみながら歩いていましたが、一気にバタバタへ。予定時間よりかなり早い代替便に、登山服登山靴のまま、お風呂にも入っていないまま、飛び乗りました。
そんな屋久島の旅でした。良い思い出しか残っていません。運動を続けていたので、体力も心配なく歩けました。店を開いて20年目の日に、訪れることができました。全ての皆さま、屋久島、ありがとうございました。