お電話で連絡をいただいた時は、珍しく店を不在にしていました。戻って着信歴を見ると、静岡のおもちゃ店、百町森さんからお電話をいただいていた様子。時々仕事に関わることでやり取りをさせていただいていたので、このお電話もそうだろうと思ってかけ直しました。クルテクと名乗り、かけ直しさせていただいた旨伝えました。たいてい柿田さんとお話をしていたので、無意識に取り次ぎを待っていましたが、柿田さんに代わる様子はなく、お電話口のスタッフさんからお聞きしたのは、柿田さんが亡くなったというお知らせでした。
どういうこと?と思いました。直前までお元気であったことをSNSで拝見していたので、信じられませんでした。でも、本当のことでした。突然のことだったようです。大変なことになった、と思いました。
お通夜とご葬儀のご案内をいただきましたが、算段してみたところ参列させていただくのは難しく、親しいおもちゃ屋仲間でお花を供えさせていただきました。私の身近なところで、柿田さんと親交のあった園さんなどに、このお知らせをお伝えしました。
私は、柿田さんの著書「プーおじさんの子育て入門」で子育てした世代です。おもちゃのことを知り始めたところでした。柿田さんご自身の子育てのことを書かれていて、それまで保育士、しかも旧来の一斉保育を学んでいた身には驚きの、優しさにあふれた内容で、このように子どもと関われたら、おもちゃを揃えることができたら、と思いました。
おもちゃ屋になってからも、百町森さん、柿田さんは雲の上の存在です。展示会でご本人を見かけると、芸能人を見つけたような気持ちで「わ、本物だ!」と遠くから眺めていました。
店を始めて9年目、2013年に、百町森さんが企画されたドイツの学びの旅に参加させていただきました。ニュルンベルグのおもちゃ見本市、フレーベルの生家訪問及びフレーベルセンターでの学び、ジーナ社訪問、幼稚園見学、おもちゃ村ザイフェン訪問と、これ以上ない最高のプログラムでした。その後のおもちゃ屋としてのあり方を大きく方向づけた旅でした。旅の間、柿田さんとご一緒させていただき、最初にそのお人柄に触れる機会となりました。
どこの都市だったかの夕食の席で、柿田さんが『樹』のお話をされました。柿田さんのご家族それぞれを象徴する樹を判定していただいたような内容だったと思います。その中で「ぼくの樹、何だと思う?」と周囲に問いかけました。私、一発で当てました。「菩提樹?」そう感じて口に出したところ、柿田さんびっくりされて「そう!そうなの。よく当てたね。」と。旅を共にさせていただき数日目、大きく枝を伸ばした樹の下で、人がリラックスして過ごしているイメージを、もう柿田さんに抱いていました。旅の終わり前日、思い余って、柿田さんに直接「柿田さん、本当にすごい方です」と告白してしまいました。それほど、その旅は、柿田さんの心遣いによる、良い旅でした。
同じ2013年夏、ドイツの旅メンバーは、柿田さんのご自宅にご招待をいただき、泊めていただきました。絵本のお部屋、飾られているおもちゃ、暖炉、お庭での朝ご飯と、たくさんの素敵なもの。とろろごはんや静岡おでん。おもてなしをたくさんいただき、気負わずにゲストとの時間を楽しんでくださる柿田さんをまた尊敬しなおしました。そういうことって、なかなかできないです。
2014年、クルテク開店10周年には柿田さんに新潟まで来ていただき、子育て講演会を開きました。本物の柿田さんのお話を直接お聴きできるとあって、たくさんのお客さまがご来場くださいました。
それから百町森さん主催の講座に参加者として出席したり、また展示会でお会いしたりと、途切れず親しくしていただき、おもちゃ屋として貴重な時を過ごさせていただきました。たくさんのことを学び、モデルにさせていただき、大きな影響を受けてクルテクも育てていただきました。
新潟は水害、雪害、地震の被害を受けます。そのたびにメッセージを送ってくださり「できることがあったら知らせてね」と気遣っていただきました。新潟が雪で閉ざされ、クリスマス直前に品物を発送することができなくなったときなど、たくさん助けていただきました。ほんとに、同業者だからこそ助け合おうとしてくださる方でした。
2024年は、コロナ明けて久しぶりに輸入元さんの展示会があり、数年ぶりに柿田さんにお会いしました。お元気そうでした。ジャズとお孫さんのお話をお聞きしました。民主主義のお話も少し。お互いのおすすめの書籍を紹介し合いました。昼食のタイミングで、私が昼食券を持ってくるのを忘れてしまったなんて話をしていたら、百町森スタッフさんの分から一部「これ使って」と持ってきてくださって、またお世話になってしまった。困っている人がいたら黙っていられない方なのでしょうね。
この仕事をしていて、百町森さん、柿田さんのあり方を感じることができたことはとても大きいです。店として、間違っていないか、立ち止まったときは指標です。もうお話できないこと、発信が更新されないことはどうしようもなく寂しく、残念です。残してくださったもの、思い出は、これからも忘れません。本当はまだ信じられないし、夢の中で受け止めているような気持ちですが。柿田友広さん、心から、ありがとうございました。