親ができること、手放す思い

店内で、なんとなくおしゃべりが始まることがあります。いろんな方とお話をさせていただきますが、このところ同じ話題が続いたので私も考える機会となりました。その話題とは、親の考えや望みを子どもに影響させることについてでした。子どものために良かれと思うことを親として精一杯やろうとすることが、子どもを親の思い通りのレールに乗せ、型にはめているのではないか心配とのことでした。

こういうときは、自分が育ってきた過程と、子育てをしてきたこれまでを思い返してみます。
自分は、途中まで、20歳過ぎころまででしょうか、親の願いは自分の望みと思い込んで、その生き方を目指してきました。親に褒められたい、好かれたいという思いもあって、そう生きることを疑っていなかったと思います。
そういう方は多いと思いますし、そのまま行ける方もいらっしゃると思います。

また、ターニングポイントを迎える人もいるはずです。私はそうでした。
新潟で、おもちゃ屋など、親の望みリストのどこにも載っていなかったと思います。むしろブラックリスト入りでしょう!今は、たまに新潟から会いに訪れることを楽しみにしてくれていますし、仕事は応援してくれています。自分の思いの方に親が寄り添ってくれていると思います。

自分の子育てもそうなりつつあることを感じています。
ある程度は、親が良かれと思ってきたことを肯定的に受け入れながら成長したと思いますが、やはり20歳ころから、出会いも増え、家庭から離れてみて、子ども流の思いが大きくなっています。
どんなに親が良かれと思ってすべてお膳立てしても、多分、子どもは100%そのとおりに生きてはくれないのではないかなと、思います。

だから、それまでは親が道筋をつけたら良いと思うのです。ぴったり合えば幸運ですし、反面教師にされてもまたそれも良し。親の思いは土台にはなると思いますが、その上に何ができるかは、本人次第なのでしょう。
土台作りに思いを込め、できることをできるだけやることに、悪いことはないのではないでしょうか。いくらやってあげたいことがあっても、多分かなり絞らないと叶わないはずです。なんでもやってあげられるわけではないからこそ、厳選して優先したことは、守ったら良いと思うのです。

家庭ルールで禁止してきたこと、お菓子やテレビやゲームは、どれもいずれ破ります。制限があった子もなかった子も、同じように浸ります。でもお菓子もテレビもゲームも、危機感持たずに好きなだけというのはどう考えても悪いです。その価値観が頭の片隅にあるかないかが、リスクから子どもを守る盾になると思います。

なので、悩まず、良いと思う、できることは遠慮せずしてあげたら良いと考えています。
自分で考え、行動する子を育てたいからこそのこの思い、そのように育てば、結局どこかで親の言いなりにはならなくなるので、大丈夫です。
というのが、私が思っていることです!