・子どもはほめられると嬉しい
ただしやたらとほめて天狗になったり勘違いしたこともあって、さじ加減がよくわからなかったことがありました。褒めて育てるというのは、なんでもかんでもおだてるというより、貶しても仕方のないところでムダに自信喪失させないということかと解釈してます。最近思うのは、ここぞというときにいろんな人に褒めてもらうということ。人によって褒めるポイントが違う。その人の得意分野については、基準が他より厳しいはずです。めったに褒めないポイントですごいと思ったら、思わず心から褒めてしまう、それがいいんじゃないかなあと。いろんな人の中で育ったほうがいいというのは、そういう意味もあると思うこのごろです。いろんな人の中には子どもにとってマイナスの言葉かけをする人もいるでしょうが、それをフォローするのが親。褒めるのは他の人にしてもらう。そんな感じ。
・努力には原動力がある
うちの子は頑張れない子、と思ったことがあるのは私だけではなかったんだとホッとしたことがありますが、ホント、なんで大事な時に頑張らない?とやきもきすることはあると思います。人生のどこで頑張ろう気分が降りてくるかはわかりませんが、10年育ててダメかもと思っても12年目に急にその姿が見られたり、15年目にやっぱりダメだと思ったり、18年目にまたびっくりさせられたり。そんな、一生努力家でいられる人ってなかなかいないでしょうと思いますが、どこかで何かがきっかけで驚くような姿を見ることがあるのかもしれないです。ちなみに私が自分でも本当に頑張ったと思うのは20歳〜23歳の、留学していた間。追い込まれて自分なりの底につくことがきっかけになるかも、と思います。底につくことは辛いことなので親としても回避させてあげたいですが、大切なのは回避させてあげる事よりそこから全力で這い上がる力をつけてあげること、でしょうか。
・反抗期いろいろ
世間を何かと騒がせる中2。思春期、反抗期としても有名な時期ですが、その中2というのがうちにもいます。反抗期といえば口答え、無視、もしかしたら暴力、などがイメージしやすく、そうでないなら反抗期はないみたい、と思いがちですが、いろんなパターンがあるんだなあ、と。口答えも無視もしませんが、最近は軽く受け流されます。ニコニコと、「ああ、そうだね、じゃ」「ほーなるほど、では」という感じで、こちらにこれ以上は言わせない。脱力してあきらめさせられる。反抗期、いろいろ。
本当に今さらですが、やっぱり『子どものことをちゃんと見ていること』と思います。心を尽くし手を尽くしてかまってあげる事ではなくて、たとえ親の思い通りにならず手に負えなくても、その様子も含めてよく見ていること。日々の様子に関心を持つこと。どうしていいかわからなくてもいい、どうせしてあげられることはそんなにないと思うので。言うほど簡単じゃないですけどね。